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ヤクルト古田引退試合に行って来た。

■球場の階段を上って視界が開ける瞬間が好きです。


実は根っからのヤクルトファンなんざんす。
もうね、サンケイアトムズの頃からだから長いよー。

まぁなんとなく子ども心にカタカナな球団名がカッコ良かったってのもあるんだけど、毎年最下位争いをしているところが奥ゆかしくて好きだったのかもしれない(笑)
そう言えば当時も広島と最下位争いしてましたね。

そんなヤクルトも1978年に広岡監督の元、初のリーグ制覇。
常勝阪急を破っての日本一は今でも忘れられない。
第3戦で5-0の完封負けで好投した足立に「日本シリーズは西宮で終わりますよ」と余裕の発言までされて迎えた第4戦。
試合前に広岡監督が「ウチを強いと思うなら山田、ナメてくるなら今井」と語っていた阪急の先発は今井。
初出場のヤクルトと、4年連続出場の阪急。
ここで大手をかけられれば間違いなく西宮で終わると誰もが思った試合。
1点差で迎えた9回表の攻撃も2死走者なし。
こりゃダメか!と諦めかけた時、代打の切り札「伊勢大明神」が渋い内野安打でしぶとく出塁。
打順は一番にもどりヒルトン。
凡打でも一塁まで全力疾走する珍しい外人選手で、渋いヒットが持ち味だったんだけど、片手ですくい上げるように打った打球はそのままスタンドに!
全身に鳥肌が立ち、テレビの前で絶叫したのを覚えてます。
結局7戦までもつれたシリーズは、最終戦に足立が打ち込まれ、松岡が完封勝利して初の日本一に輝いた。

その後、気が緩んだのか翌年からまた弱くなっちゃったんだよね。

で、1992年に野村監督の元リーグ優勝するまで低迷をしてたわけです。

その後のヤクルトを語る上で古田を外す事が出来ないのは衆目の一致するところでしょう。
92年の常勝西武との激闘は今でも語り草です。
勝ってあたりまえの西武の選手が初めてうれし泣きをしたという逸話も残ってるくらい厳しい戦いだった。
その翌年もヤクルト対西武の組み合わせで雪辱を果たすんだけど、第七戦で川崎をリリーフした高津のシンカーが切れまくり、古田のリードと相まって2点差にもかかわらずかなり安心して見ていられたのを覚えてます。
ベンチで川崎が早くも号泣してたのもなんか懐かしいよな。
このシリーズは森、野村のキャッチャー出身監督同士の戦いと、伊東、古田の現役キャッチャー対決と、キャッチャーというポジションがクローズアップされたシリーズでもあったな。

思えば古田が出てきてから、それまで地味なポジションだったキャッチャーががぜん脚光を浴びるようになりました。

そんな「キャッチャー古田」も見納めかと思うとやはり寂しいですね。

P1000288.jpg
■背番号27も見納めです。



引退試合は広島の粋な采配もあり素晴らしい試合でしたね。
佐々岡は出てくるは、前田も代打で出てくるは、石井、高津とヤクルト黄金時代を支えたバッテリーも見れたし。
なにより広島ファンまで巻き込んだ古田コールに、球界を代表する選手だったんだなぁと再認識させられました。
試合は負けちゃったし、とうとう最下位も決定しましたが、それでも月並みだけど「ありがとう、お疲れさまでした」と言いたい。

P1000305.jpg
■来年はもうちょい勝ってくださいよ!んでも誰が監督をやるんでしょうね?


またいつか、別の形で会いましょうね!



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