ちょっと重い話ですいません。
そろそろ世の中や下の世代に「うるさい事」をぶつぶつ言わなきゃならない順番が回ってきたような気がするので、ご勘弁を。
まあね、昔は身近にごろごろいたんですよ。
うるさ方が。
リアルに小一時間説教とか(笑)
で、例の秋葉原の事件について思ったことをつらつらと。
まずは被害に遭われて命を落とされた方にはご冥福をお祈りいたします。
怪我をおわれた方には一日も早い回復をお祈りしお見舞い申し上げます。
犯人の行動や人となりがわかるにつれその幼稚さに愕然・・・というよりガックリしてます。
自分の積み木がうまく積み上げられない事に腹を立て、まわりの子ども達が苦労して作り上げた積み木もろとも壊してしまうような幼稚園児と同じメンタリティを感じます。
今回の事件にしても、反抗期の子どもが大人達の気をひこうと悪戯を企てて、途中から自分のプランに酔ってしまい我を忘れた結果、予想以上の大事になってしまったってのと、レベルの差こそあれ本質的なところでは変わらない気がします。
取調べの過程で冷静になって、ようやく自分が引き起こしてしまった事の重大さに気づいて愕然としてるんじゃないだろうか?
まぁこういう事って割とよく起こりえることだったりもします。
俺なんかにしてもあるレンズが欲しくて欲しくて、寝ても覚めてもその事にとりつかれて気がついたらカードで買っちゃってた!みたいな。
請求書が来て愕然ですよ。
んでもそこは、なんとなーく収入と支出のバランスを考慮してるから破綻はしてないんだけどね(今のところはだけど)
つまり自分の行動が引き起こすであろう影響や結果や収束について思いを馳せてるわけです。
さて、今回犯人の彼も自分が引き起こす事件の「影響」や「結果」までは考えていた節がある。
「ワイドショーを独占する」なんてところまでは妄想できていたわけだ。
ではその先についてはどうだったのか?
被害者本人やその家族、あるいは近親者の悲しみや苦しみは想像に難くない。
妄想力が豊かならばその身に自分を重ね合わせて、胸がつぶれんばかりの哀惜を感じられるだろう。
しかし、わが身に替えてでも失いたくないほどの愛すべき対象がいないとなると、それも無理な事なのかもしれないけど・・・
その点においては犯人の彼は不幸であったのかもしれないなぁ。
(だからといって酌量の余地は無いんだけど)
ところでここからが本題です。
今回の事件の結果を見る限り、彼はよほどの事が無ければ極刑、つまり死刑になる事が予想できます。
まぁ本人も漠然と「ここまでやったら死刑かもな」くらいの認識はあったかもしれないんだけど。
「死刑になりたい」なんつって無差別に殺傷した土浦の事件、金づちでタクシー運転手を殴った事件なんかを見ると厭世観から自殺の替わりとして死刑を考えてる場合もあるようです。
「あんな奴は死刑にしちゃえばいいんだッ!」なんて結構軽く言ったりもします。
でも良く考えてみると死刑について俺たちはどれだけの事を知ってるんだろうか?
欧州を中心に死刑廃止論もあるし、それについて死刑存置論者と議論になっていることくらいはうっすら認識はしています。
過去に死刑囚の手記のようなものを読んだ記憶があるんだけど、そのときの印象としてはとにかく「やりきれない気持ち」と「突然訪れるかもしれない死への恐怖」が強くて、個人的には死刑に対する恐れは強いっす。
だけど普通に生活して、特に興味を持たなければ具体的にはわからないわけです。
読んだのはずいぶん前だし、記憶も曖昧なんで今はどうなんだろう?と思ってちょっと調べてみました。
つーか単純にウィキペディア(Wikipedia)を読んだだけだけど(汗)
・日本における死刑(Wikipedia)(↑そうとうグッタリ来る内容なので(グロくはないですが)元気が無いときや、そういうのがダメな人は読まないほうがいいかも。)
さて、読んでみました?
「執行」の章なんて妙にリアルで胸が苦しくなってきます。
ここまで認識して尚且つ「死刑になりたい」なんて人がいたとしたら、それはもう狂人と言ってもいいくらいな気分です。
宅間元死刑囚は本気でそう考えてたっぽいですけど。
秋葉原の彼はこの先自分が迎えるであろう苛酷な運命を認識するにつれ、絶望と後悔を繰り返し味わいつづける事になると思う。
死刑に対して無知であった自分を呪う事になるかもしれないし、相変わらず教えてくれなかった周りに恨み言を言うかもしれない。
死刑に関しては従来から秘密主義がとられていて、執行の事実すら公表される事は無かったわけで、漠然と「死をもって償う刑」くらいの認識しかないのが一般的なんだと思う。
死刑存置主義者の論として「犯罪抑止力」が上げられる事があるわけだけど、暴論を承知で敢えて言わせてもらうと、それならばもっとオープンにするべきなんじゃないだろうか?と思うんだよね。
昨年末にやっと執行の事実、執行者、場所などが公表されたけど、もうちょっと突っ込んでどんな事が行われているのかくらいは公表されてもいいんじゃないでしょうか?
その上で「死刑」の是非について議論するべきなんじゃないかなぁ。
この件に関してはマスコミも妙に及び腰だし。
例えば小学校の授業でウィキペディアに載ってる事くらいは教えてもいいんじゃない?
トラウマとして残るかもしれないけど、少なくとも調子こいて「死刑になりたい」なんって犯罪を起す奴はいなくなると思うんだが。
どうすかね?